水素吸入は認知機能に影響する?ヒト臨床研究の結果と限界を解説

水素吸入は、脳の働きや認知機能に影響を与えるのでしょうか。

水素分子(H₂)については、酸化ストレスや炎症、細胞の情報伝達などとの関係が研究されており、近年は認知機能との関係を調べたヒト臨床試験も報告されています。

水素マガジンでは以前、ポータブル水素吸入器「KENCOS(ケンコス)」を開発した株式会社アクアバンクの講演会に参加しました。

講演を行ったのは、統合生理学などを専門とする医学博士の矢田幸博教授です。

そこでは、若年女性、高齢者、サッカーのユース選手を対象とした水素吸入の研究・測定結果が紹介されました。

特に注目されたのが、高齢者の認知機能や脳ストレスに関する変化です。

ただし、講演で興味深い結果が報告されたことと、水素吸入によって認知症を予防・治療できると科学的に証明されたことは同じではありません。

この記事では、当時の独自取材を振り返りながら、公的な臨床試験登録や、その後発表された研究を照合します。

水素吸入の可能性と、現在も慎重に考えるべき点を整理していきましょう。

この記事でわかること

  • 矢田幸博教授の講演会で紹介された研究内容
  • 高齢者20名を対象とした国内臨床試験の概要
  • 認知機能・自律神経・脳血流に関する評価方法
  • 研究結果を解釈する際の注意点
  • 2023年・2026年に発表された認知症関連研究
  • 家庭用水素吸入器と臨床研究の違い

※本記事は過去の講演会取材を、2026年11月時点の研究情報に照らして再編集したものです。取材時の発表内容と査読付き論文・公的試験登録で確認できた情報を区別して記載しています。

目次

水素吸入と認知機能の関係が注目される理由

認知機能とは、記憶する、注意を向ける、情報を処理する、物事を判断するなど、日常生活に必要な脳の働きを指します。

こうした機能には、加齢、睡眠、運動、持病、服薬など、多くの要因が関わっています。

水素分子については、細胞内の酸化還元バランスや炎症に関連する反応などが研究されています。

神経系の疾患でも酸化ストレスや炎症が研究対象になっていることから、水素と認知機能の関係にも関心が向けられてきました。

ただし、基礎研究で特定の反応が観察されたことから、直ちに人の記憶力改善や認知症予防につながるわけではありません。

人への作用を判断するには、対象者や吸入条件を明確にした臨床試験が必要です。

医学博士・矢田幸博教授の講演会で紹介された3つの研究

水素マガジンが参加した講演会では、矢田幸博教授から、水素吸入に関する複数の研究・測定について説明を受けました。

講演は株式会社アクアバンクが主催したものです。

水素吸引に関する筑波大矢田教授の講演

当時の講演会・製品に関する画像。現在の製品仕様を示すものではありません。

当時、紹介されていた研究・測定の対象は大きく3つに分かれていました。

対象 講演で紹介された内容
若年女性17名 疲労感、自律神経、皮膚温度、脳活動など
高齢者20名 心理・自律神経・中枢神経・認知機能など
サッカーのユース選手 動体視力、身体機能、ストレス関連指標など

これらは当時の講演で紹介された対象・測定項目です。3つをまとめてひとつの臨床試験と評価することはできません。

また、今回公的な試験登録を確認できたのは、次に紹介する高齢者の研究です。若年女性やユース選手に関する結果については、当時の講演内容として扱います。

高齢者20名の試験は公的な登録で確認できる

講演で紹介された高齢者向けの研究と対応するものとして、臨床研究情報ポータルには次の試験が登録されています。

臨床試験登録情報

  • 試験ID:UMIN000027390
  • 登録日:2017年5月21日
  • 対象:60〜74歳の健常者
  • 目標症例数:20名
  • 介入:1日5回の水素吸入を2週間継続
  • 主要評価:心理・自律神経・中枢神経機能
  • 副次評価:免疫・炎症・認知機能

参考:厚生労働省 臨床研究情報ポータル

試験の登録は、研究計画が公的なデータベースに掲載されていることを示します。

ただし、登録されているだけで、実際の効果や統計学的な有意差まで証明されたわけではありません。

高齢者向け水素吸入臨床試験概要

若年女性の研究で報告された自律神経・脳活動の変化

当時の講演では、若年女性17名を対象とした水素吸入の研究・測定についても説明がありました。

疲労感やリラックスに関する主観的な評価に加え、瞳孔の反応、皮膚温度、脳活動に関連する指標が紹介されています。

若年女性の自律神経・脳活動測定

当時の講演資料に基づく画像。試験条件や統計解析については追加資料による確認が必要です。

瞳孔の反応から自律神経の変化を調べる

講演では、光を当てた際の瞳孔の収縮反応を利用した評価が紹介されました。

瞳孔の反応には自律神経の働きが関係しています。

当時の報告では、水素吸入の前後で瞳孔収縮率に変化が見られたとの説明がありました。

ただし、瞳孔の反応だけで「副交感神経が高まり、交感神経が抑制された」と断定することはできません。

測定条件や個人差、ほかの生理指標との整合性を確認する必要があります。

副交感神経と自律神経のバランス

自律神経の概念を説明するイメージ。水素の効果を直接証明するものではありません。

皮膚温度の変化は何を意味する?

講演では、水素吸入後に末梢の皮膚温度が上昇したという報告も紹介されました。

皮膚温度は、血流、室温、測定部位、身体の状態などによって変化します。

したがって、温度の上昇が観察されても、その原因を水素による自律神経への作用だけに限定することはできません。

また、皮膚温度が上昇したという結果は、疾病の改善や健康効果を直接示すものではありません。

脳血流やNIRSの結果は「脳が活性化した」証拠になる?

講演では、近赤外分光法(NIRS)などを用いた脳活動の評価についても説明がありました。

NIRSは、脳の表面に近い領域の血液中ヘモグロビンの変化などを利用し、脳活動に関連する反応を推定する方法です。

ただし、NIRSで変化が観察されたことと、記憶力や判断力が改善したことは別です。

脳活動に関連する指標が変化しても、それが日常生活での認知能力の向上につながるとは限りません。

そのため、「水素吸入によって脳が活性化した」と単純に結論づけることは避けるべきです。

高齢者20名の研究では認知機能にどのような変化が報告された?

今回の取材で、特に注目されたのが高齢者を対象とした研究です。

講演では、水素吸入後のフリッカーテストや記憶・認知に関する課題、身体機能の測定などについて説明がありました。

フリッカーテストは認知症を診断する検査ではない

フリッカーテストは、点滅する光をどの程度識別できるかを調べる方法です。

疲労や覚醒状態などとの関係を調べる際に利用されることがあります。

講演では、水素吸入後に点滅する光を判別しやすくなった参加者がいたという説明がありました。

しかし、フリッカーテストの変化だけで、記憶力の改善や認知症予防効果を証明することはできません。

認知機能の評価には、目的に応じて標準化された検査や複数の評価項目が必要です。

短期記憶などの変化はどう評価する?

当時の講演では、左右の認識や短期記憶に関する課題で変化が見られたという報告がありました。

一方、少人数の試験では、偶然の変動や繰り返し検査することによる慣れの影響も考える必要があります。

例えば、同じ課題を複数回実施すると、問題の形式に慣れて成績が変化する可能性があります。

また、複数の検査項目のうち一部だけで変化が見られた場合、その結果をどのように評価するかには統計学的な検討が必要です。

したがって、当時の結果は認知機能への影響を調べるための探索的な情報として捉えるのが適切です。

血液検査の変化から認知症予防を判断できる?

旧記事では、ApoA1、トランスサイレチン(TTR)、補体C3といった血液成分の変化を取り上げていました。

これらの項目は、認知機能低下リスクに関する研究で検討されてきた指標です。

ただし、血液中の特定の成分が変化したことだけで、認知症の発症リスクが下がったと判断することはできません。

実際の発症や長期的な認知機能の変化を評価するには、さらに長期の追跡研究が必要です。

同様に、ASTやALTなどの血液検査値が変化した場合も、数値が下がったという事実だけで「肝臓によい効果があった」と断定することはできません。

重要:健常者を対象とした短期間の試験で一部の認知関連指標が変化したとしても、水素吸入による認知症の予防・治療効果が証明されたことにはなりません。

指標の変化と効果の証明

スポーツ選手の動体視力に関する報告はどう評価する?

当時の講演では、鹿島アントラーズのユース選手を対象とする測定結果も紹介されました。

旧記事では、水素吸入後に動体視力に関する数値が32%上昇したという報告を取り上げていました。

ただし、この数値は当時の講演で紹介されたものであり、今回確認した資料だけでは、対象人数、測定方法、対照条件、統計学的な有意差を十分に検証できていません。

したがって、スポーツ選手が水素吸入をすれば動体視力が32%向上すると一般化することは適切ではありません。

スポーツパフォーマンスは、トレーニング、疲労、睡眠、測定への慣れなど、多くの要因に左右されます。

水素吸入との関係を判断するには、適切に設計された比較試験が必要です。

その後の研究は進んだ?2023年・2026年の認知症関連研究

講演会から年月が経ち、水素吸入と認知機能の関係を調べる研究も発表されています。

ここでは、ヒトを対象とした2つの報告を紹介します。

2023年:アルツハイマー病患者8名を対象とした予備研究

2023年には、アルツハイマー病患者8名を対象とした、水素ガス吸入の予備的な臨床研究が報告されました。

この研究では、3%の水素ガスを1回1時間、1日2回、6か月間吸入する方法が用いられています。

研究では認知機能評価の変化が報告されました。

一方、この試験は少人数の非盲検・非ランダム化の予備研究であり、結果を一般化するには限界があります。

特に、患者本人や研究者が介入内容を把握していることや、比較条件の違いなどを踏まえた慎重な解釈が必要です。

参考:Therapeutic Inhalation of Hydrogen Gas for Alzheimer’s Disease Patients(2023)

2026年:軽度アルツハイマー病患者80名を対象とした研究

2026年9月には、軽度アルツハイマー病患者80名を対象とした水素吸入の臨床研究が発表されました。

この研究では、参加者を通常のケアを受ける群と、水素吸入を追加する群に分け、12週間の変化を比較しました。

水素吸入群では、認知機能を評価するMoCAのスコアについて、介入前からの改善や対照群との差が報告されています。

また、免疫関連指標やリン酸化タウに関する血液指標にも変化が観察されました。

ただし、対照群には同じ条件の偽吸入を行っておらず、介入全体を通じて完全に二重盲検化された試験ではありません。

そのため、水素ガスそのものの効果と、追加の介入を受けたことによる影響を完全に切り分けることは困難です。

また、認知症の進行を長期的に抑制できるかどうかは、この研究だけでは判断できません。

参考:Inhaled hydrogen therapy alleviates cognitive impairment in individuals with mild Alzheimer’s disease(2026)

2017・2023・2026年の研究比較

研究が増えたことと、治療法として確立したことは別

水素吸入と認知機能について、ヒトを対象とした研究が行われていることは確かです。

しかし、研究の対象者、使用した機器、吸入濃度、吸入時間、評価方法はそれぞれ異なります。

また、短期間の認知機能スコアの変化から、認知症の長期的な予防・治療効果まで結論づけることはできません。

今後は、十分な人数を対象とした比較試験や、長期的な追跡研究が求められます。

家庭用水素吸入器でも研究と同じ効果が期待できる?

水素吸入の臨床研究を読む際には、使用された吸入条件に注目する必要があります。

水素吸入器には、携帯型から据置型までさまざまな製品があります。

しかし、機器によって水素の生成量や濃度、実際の吸入条件は異なります。

研究で使用された濃度と吸入時間は同じではない

例えば、2023年のアルツハイマー病に関する予備研究では、3%の水素ガスを1日2回、各1時間吸入する条件が用いられました。

一方、2017年に登録された国内の健常高齢者試験では、1日5回の吸入を2週間行う計画でした。

吸入時間や機器の性能、対象者が異なるため、これらの研究結果を市販の家庭用機器にそのまま当てはめることはできません。

水素ガスの安全性も使用条件によって異なる

水素は可燃性の気体です。

使用機器の構造、生成ガスの組成、換気、火気との距離など、安全上の条件を確認する必要があります。

2021年には健康な成人8名を対象に、2.4%の水素ガスを医療環境で24〜72時間吸入する安全性研究が報告されています。

この試験では臨床的に重要な有害事象は観察されませんでしたが、対象者は少人数であり、すべての水素吸入器や使用条件の安全性を保証するものではありません。

参考:Safety of Prolonged Inhalation of Hydrogen Gas in Air in Healthy Adults(2021)

家庭用機器を使用する場合は、メーカーが定めた取扱説明書と安全上の注意を守ることが基本です。

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水素吸入と認知機能についてよくある質問

Q. 水素吸入で記憶力はよくなりますか?

水素吸入と認知機能の関係を調べた臨床研究はありますが、誰でも記憶力が向上すると結論づけることはできません。研究対象や評価方法によって結果が異なり、さらなる検証が必要です。

Q. 水素吸入で認知症を予防できますか?

現時点では、水素吸入によって認知症の発症を予防できると結論づける十分な臨床的根拠はありません。短期間の認知機能評価の変化と、長期的な発症予防は区別する必要があります。

Q. アルツハイマー病の治療に使えますか?

アルツハイマー病患者を対象とした探索的な臨床研究は報告されています。ただし、これらの研究結果だけで一般的な治療法として確立したとはいえません。既存の治療を中断して水素吸入へ置き換えることは避け、主治医に相談してください。

Q. 水素吸入をすれば脳の血流が増えますか?

講演会では脳活動関連の測定で変化が見られたという報告がありましたが、すべての人で脳血流が増えることを保証するものではありません。また、脳血流関連指標の変化だけで認知機能の改善を判断することはできません。

Q. 市販の水素吸入器でも臨床試験と同じ結果になりますか?

同じ結果になるとは限りません。水素の濃度、生成量、吸入時間、対象者、機器の仕様などが異なるため、研究結果を個別の市販製品に直接当てはめることはできません。

まとめ|水素吸入と認知機能の関係は研究が進む一方、検証も必要

水素吸入と認知機能の関係については、国内外でヒトを対象とした研究が行われています。

水素マガジンが過去に取材した矢田幸博教授の講演会でも、若年女性、高齢者、スポーツ選手を対象とする研究・測定結果が紹介されました。

このうち、高齢者20名を対象とした試験については、公的な臨床試験登録でも研究計画を確認できます。

その後、2023年や2026年には、アルツハイマー病患者を対象とした研究も報告されています。

一方、これらの研究には参加者数、比較方法、試験期間などに限界があり、認知症の予防・治療効果が確立されたと結論づけることはできません。

この記事の重要ポイント

  • 国内で健常高齢者20名を対象とした臨床試験が登録されている
  • 講演で紹介された結果と、論文で確認できる結果は区別が必要
  • 2023年・2026年には認知症患者を対象とした研究も報告された
  • 短期間の認知機能スコアの変化は認知症予防の証明ではない
  • 家庭用水素吸入器に臨床研究の結果をそのまま当てはめることはできない

期待できる研究結果があることと、誰にでも効果があると証明されていることは別です。

水素マガジンでは、今後も研究の進展を紹介しながら、確認された事実と未解明な部分を分けて伝えていきます。

参考資料・研究論文

  1. 水素マガジン編集部:株式会社アクアバンク主催・矢田幸博教授講演会の過去の取材記録(本記事旧版)
  2. 大学病院医療情報ネットワーク(UMIN)臨床試験登録:高齢者を対象として水素吸入を2週間連用することによる自律神経、中枢神経および免疫、炎症、認知への作用を検証する(UMIN000027390)
    臨床研究情報ポータル
  3. Therapeutic Inhalation of Hydrogen Gas for Alzheimer’s Disease Patients and Subsequent Long-Term Follow-Up as a Disease-Modifying Treatment: An Open Label Pilot Study. Pharmaceuticals. 2023.
    PubMed
  4. Geng W, et al. Inhaled hydrogen therapy alleviates cognitive impairment in individuals with mild Alzheimer’s disease by optimising peripheral immune homeostasis: a clinical evaluation. European Journal of Medical Research. 2026.
    原著論文
  5. Safety of Prolonged Inhalation of Hydrogen Gas in Air in Healthy Adults. Critical Care Explorations. 2021.
    PubMed

※本記事は2026年11月時点で確認できる研究情報を参考にしています。研究結果は今後の追加試験によって評価が変わる可能性があります。

※本記事は医学研究に関する情報提供を目的としており、水素吸入による認知症の予防・治療効果を保証するものではありません。認知機能の低下が気になる場合は医療機関へご相談ください。

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