今回、一般社団法人 国際水素規格協会のご厚意により、微生物研究の第一人者である那須美行先生にインタビューさせていただきました。
水素マガジンとしてもこのような機会に恵まれ、とても光栄に思っております。
前編は、那須美行先生のこれまでの歩みを中心に
後編は、那須先生の微生物と水素にまつわる研究をテーマに
インタビュー原稿を再編して、読み物として充実した形でお届けします。
那須先生へのご質問やお仕事の依頼は、一般社団法人 国際水素規格協会が受け持っておりますので、
必要な方はそちらまでお問い合わせください。
那須美行先生インタビュー:前編
私たちが病院で検査を受けるとき、その結果がどのように読み解かれ、診断や治療に生かされているのかを、日常的に意識する機会は多くありません。
血液、尿、喀痰、膿、便、穿刺液。
そうした検体の奥にある「見えない原因」を探り、感染症の診断や治療に必要な情報を医師へ届ける仕事があります。臨床検査技師です。
なかでも微生物検査は、感染症が疑われる患者の検体から病原菌を検出・同定し、抗菌薬に対する感受性を調べる重要な分野です。
目に見えない微生物を相手にしながら、診断や治療の判断を支える。
華やかに表に出る仕事ではないかもしれません。しかし、医療現場の安全と正確性を支えるうえで、欠かすことのできない役割を担っています。
那須美行氏は、臨床検査技師として38年間、医療機関で微生物検査に携わってきました。
八戸市立市民病院、公立野辺地病院で勤務し、微生物学、寄生虫学、ウイルス学検査の分野を担当。公立野辺地病院では臨床検査科技師長も務めました。
現在、那須氏は水素に関する研究と事業に取り組み、
一般社団法人 国際水素規格協会のテクニカルフェローとして所属するなど水素業界での活躍を広げられています。
しかし、その原点は、突然「水素」に出会ったことから始まったわけではありません。
病を経験した幼少期。
顕微鏡との出会い。
医療現場で微生物を見続けた38年間。
そして、感染症の原因を突き止めるために、違和感を見逃さず、検証を重ねてきた日々。
那須氏の水素研究に至る道のりは、臨床検査技師としての長い歩みと深く結びついています。
前編となる本記事では、那須美行氏がどのように医療の道へ進み、微生物検査の専門家として歩んできたのかをたどります。
病を経験した少年に、両親が与えた小さな顕微鏡

那須美行氏が臨床検査技師を志した背景には、自身の幼少期の経験がありました。
生後6か月のとき、那須氏は小児麻痺、いわゆるポリオに感染しました。左足には麻痺が残り、長期入院も経験したといいます。
病気は、子どもにとって大きな不安を伴うものです。まして、長く病院で過ごす経験は、幼い心に深く刻まれたはずです。
しかし、その経験は、那須氏にとって医療への関心を育てるきっかけにもなりました。
「さまざまな病気で苦しむ人々を、少しでも減らしたい」
那須氏は、臨床検査技師を志した理由についてそう語ります。
自ら病気を経験したからこそ、病に苦しむ人の存在が遠いものではなかったのかもしれません。
そんな那須氏に、両親は小さな顕微鏡を与えました。
小さなレンズの向こう側には、肉眼では見えない世界が広がっています。そこに何があるのか。どのような仕組みで世界は成り立っているのか。
顕微鏡は、幼い那須氏にとって、単なる玩具ではなかったはずです。
それは、見えないものを見ようとする姿勢の始まりであり、のちに微生物検査の世界へ進む伏線でもありました。
病気の経験。
医療への関心。
そして顕微鏡との出会い。
この3つが重なり、那須氏は自然と臨床検査技師の道へ進んでいきます。

38年間、医療現場で微生物と向き合う

那須氏は1974年に臨床検査技師の国家資格を取得しました。
最初に勤務したのは、八戸市立市民病院の臨床検査科です。
ここで那須氏は、生化学検査部門に5年間、微生物検査分野に15年間、合計20年間勤務しました。
その後、公立野辺地病院の臨床検査科に移り、18年間にわたって微生物検査分野を担当します。
同病院では臨床検査科技師長としても勤務し、医療現場の検査体制を支える立場も経験しました。
合計38年間。
その長い年月のなかで、那須氏が特に専門としてきたのが、微生物学、寄生虫学、ウイルス学検査の分野です。
感染症が疑われる患者の検体を調べ、原因となる微生物を見つける。
見つかった菌がどのような性質を持つのかを確認する。
どの抗菌薬が有効かを調べ、医師へ報告する。
こうした一つひとつの作業が、患者の診断や治療方針に直結します。
那須氏は、感染制御認定臨床微生物検査技師の資格も取得しています。
これは、感染制御を専門とする臨床検査技師に与えられる認定資格です。
臨床微生物検査の専門性だけでなく、感染症対策に関わる知識と経験が問われる分野でもあります。
また、那須氏は
「東北医学検査学会奨励賞」
「全国自治体病院協議会研究論文顕彰」
「青森県医学検査学会及び日本医学検査学会精励功労賞」
「全国市町村会自治功労賞」
などの受賞歴も持ち、学会や技師会での活動にも関わってきました。
現在は、国際水素医科学研究会正会員、日本水素規格協会テクニカルフェローとしても活動しています。
水素研究に取り組む現在の姿だけを見ると、「水素の研究者」という印象が先に立つかもしれません。
しかし、その土台には、38年間にわたり臨床の現場で微生物を見続けてきた経験があります。

微生物検査とは、感染症の原因を探す仕事

微生物検査とは、具体的にどのような仕事なのでしょうか。
那須氏は、微生物検査について、感染症が疑われる患者から採取された尿、喀痰、膿、血液、糞便、穿刺液などの検体を調べ、病原菌を検出・同定する仕事だと説明します。
さらに、検出された病原菌に対して、各種抗菌薬がどの程度有効かを調べる薬剤感受性試験も行います。
その結果は、医師が治療方針を決めるうえで重要な情報になります。
感染症では、原因となる病原体をできるだけ早く特定することが大切です。
たとえば、重症感染症や敗血症が疑われる場合、検査結果の報告が遅れれば、治療判断も遅れる可能性があります。
一方で、病原菌が分かり、抗菌薬への感受性が確認できれば、治療の選択肢はより明確になります。
臨床検査技師は、患者の目の前に立って診察をする職種ではありません。
しかし、医師が診断し、治療方針を立てるための重要なデータを提供する存在です。
那須氏は臨床検査技師について、「影の功労者」「縁の下の力持ち」と表現しています。
その言葉には、表舞台に出ることは少なくても、医療の質と安全を支える仕事への誇りがにじみます。

目に見えない世界を明らかにする面白さと難しさ

微生物検査の面白さは、目に見えない世界を明らかにしていくところにあります。
肉眼では見えない微生物を、培養し、観察し、同定する。
患者の症状や生活背景と照らし合わせながら、原因を探っていく。
一つの検査結果だけでなく、複数の情報を組み合わせ、合理的に解釈していく。
そこには、単純な作業ではない、専門職ならではの判断が求められます。
一方で、難しさもあります。
検体の取り扱いには高い注意力が必要です。検査する側自身の感染リスクもあります。
また、コンタミネーション、つまり本来の検体とは別の微生物が混入してしまうことを防がなければなりません。
さらに、微生物はいつも教科書通りの姿で現れるとは限りません。
シャーレ上に現れるコロニーの数が少なくても、耐性菌や食中毒菌が存在する場合があります。
コロニーの形状、色、透明帯、周囲の変化など、定型的なパターンから外れるものに気づけるかどうかが重要になります。
那須氏は、微生物検査では患者の生活環境などの小さな情報が、病原菌を見逃さないために役立つことがあるといいます。
検査室の中だけで完結するのではなく、患者の背景や症状とつなげて考える。
この姿勢が、微生物検査における判断の精度を支えてきました。

培養中心の時代から、迅速検査・PCRの時代へ

那須氏が若い頃、微生物検査は顕微鏡観察や平板培養、液体培養が中心でした。
培養法では、特定の培地で細菌を増殖させ、その性質を観察します。
病原菌の同定や薬剤感受性を確認するためには欠かせない方法ですが、どうしても時間がかかります。
感染症の現場では、時間が重要です。
原因菌の特定に時間がかかれば、その分、治療方針の決定にも影響します。
もちろん、培養検査には培養検査ならではの重要性があります。しかし、迅速性という点では、時代とともに新たな技術が求められてきました。
現在では、迅速検査法によって短時間で有害細菌を特定できるケースが増えています。
また、PCR法のように、細菌の遺伝物質を検出する技術も広く用いられるようになりました。
那須氏は、こうした技術の進歩を踏まえ、微生物検査も日々進歩発展していると語ります。
38年間という時間は、検査技術そのものが大きく変化した時代でもありました。
培養を中心に一つひとつ確認していた時代。
迅速検査や遺伝子検査が広がっていく時代。
その両方を経験してきたからこそ、那須氏は微生物検査の基本と進歩の両方を見てきたことになります。

見逃さないこと、疑うこと、記録すること

微生物検査で重要なのは、検査手順を正確に行うことだけではありません。
得られた結果をどう解釈するか。
患者の症状と一致しているか。
本当にその菌が原因と考えてよいのか。
別の可能性はないのか。
那須氏は、珍しい菌種や同定が難しい微生物に遭遇した場合、標準的な手順を守りながら、初期観察、検体の取り扱い、単一菌株の分離、形態的特徴の観察、同定・確認へと進むと説明します。
未知の菌に接する際は、安全第一です。
同時に、過去の事例や文献と照合し、合理的な解釈を組み立てる力も求められます。
検査結果と患者の臨床症状が一致しない場合は、再培養や感受性試験を行い、結果の妥当性を確認することもあります。
最初の判断を疑うこと。
再現性を確認すること。
結果を点ではなく線で見ること。
那須氏が研究を進めるうえで重視している姿勢は、こうした臨床検査の現場で培われたものです。
研究を進めるうえで最も大切にしている姿勢について、那須氏は「未知の領域に恐れず挑戦し、行動し続けること」と語っています。
未知を恐れず、しかし結果には慎重に向き合う。
この二つは、一見すると対照的に見えます。
けれども、微生物検査の現場では、その両方が必要です。
未知のものを見逃さず、安易に決めつけず、検証を重ねる。
この姿勢は、のちに那須氏が水素に関心を持ち、実験を重ねていくうえでも重要な土台になっていきます。

本邦初症例との出会い

那須氏の経験の中でも、特に印象的なものの一つが、Paenibacillus polymyxaによる菌血症の症例です。
当時、本邦で報告例のない症例だったといいます。
症例は、脳梗塞症治療中に発症したPaenibacillus polymyxaによる菌血症でした。
遺伝子解析では、16S rDNA部分塩基配列の相同性からPaenibacillus polymyxaと示されました。
患者は草取りを日課としており、慢性心不全などの易感染性宿主状態にありました。
そのため、手の傷口などから血行感染し、菌血症を起こした可能性が推測されたといいます。
この症例は、2003年の日本感染症学会総会学術講演会で発表され、その後、弘前大学医学部コミュニケーションセンターで招聘講演も行われました。
ここで重要なのは、珍しい症例に出会ったこと自体だけではありません。
それを見逃さず、同定し、背景を考え、報告として残したことです。
個々の症例は、それだけでは一つの局所的な情報にすぎないかもしれません。
しかし、症例報告として記録されることで、医療・科学コミュニティ全体の知識に組み込まれていきます。
新しい疾患像の理解。
治療法の改善。
疫学的傾向の把握。
症例を残すことには、未来の医療に情報を渡す意味があります。
那須氏にとってこの経験は、微生物検査の専門家としての姿勢を象徴するものだったのではないでしょうか。
目の前に現れた異変を見逃さない。
既存の知識に照らして考える。
それでも分からなければ、さらに調べる。
そして、得られた知見を記録として残す。
この積み重ねが、那須氏の研究者としての土台を形づくっていきました。

微生物を見続けた時間が、水素研究への伏線になった

那須氏の歩みをたどると、水素研究は突然始まったものではないことが分かります。
幼少期に病を経験し、医療に関心を持ったこと。
顕微鏡を通じて、目に見えない世界に触れたこと。
臨床検査技師として、38年間にわたり感染症の原因を探ってきたこと。
珍しい症例に出会い、検証し、記録してきたこと。
そして、微生物を相手に、結果を疑い、再現性を確認する姿勢を培ってきたこと。
これらの経験が重なった先に、那須氏の水素研究があります。
微生物検査の現場は、常に「見えないもの」と向き合う仕事です。
患者の体の中で何が起きているのか。
この菌は本当に原因なのか。
この結果は偶然なのか、それとも意味のある変化なのか。
そう問い続けてきた那須氏だからこそ、ある現象に出会ったとき、それを単なる偶然として流さず、確かめてみようと考えたのかもしれません。
後編では、那須氏が薬剤耐性菌という現代医療の課題をどのように捉え、水素という未解明の可能性に関心を持つようになったのかをたどります。
「細菌に水素を与えると、元気になるのではないか」
そんな一言をきっかけに始まった実験は、那須氏にとって予想外の結果をもたらします。
微生物を見続けて38年。
その経験が、水素研究へとつながっていくのです。

後半では、那須美行先生がたどり着いた水素研究についてご覧いただけます。
↓ ↓ ↓
『微生物を見続けて38年 那須美行氏が水素研究にたどり着くまで』